優しさ
優しいことは長所だ。
だけど、優しすぎることは短所だ。
誰かを傷つけることもできないし、どこかで相手の考えてることがわかってしまうし、だからと言ってどうすることもできないまま胸を痛めるだけなんだ。
あたしはそんな風にはならない。絶対なりたくない。
どうしてそう思うのか、昔話を話してあげる。
あたしは一応中学三年生。
思春期と受験と・・・そう言うのが全部ごちゃ混ぜで無駄に忙しい時ね。
あたしは友達と同じ顔して笑うとか、遠慮とかお世辞とか言えない性格だったから、誰かと一緒にいるなんてこともなかった。みんなで協力して〜とか、そういうのも嫌いだったから、クラスでは思いっきり浮いてた。それで、協調性がないとかいろいろ言われたわけよ。・・・まあ、別にどうってことなかったけど。
一匹狼って感じで不良にも見られてたのかもしれない。根も葉もない噂とかも流れてた。 其れも別にどうってことないけど、あたしの父さんは出てったし、母さんはぶっちゃけ、「夜の仕事」をしてる。そのことを知ったクラスメートが「男連れ込み放題よね。」なんて言ってるのを聞いたときはちょっと切れそうになったな。
今となっては馬鹿らしいことだけど。
・・・・まあ、そんなこんなであたしは学校とかクラスとか大嫌いだった。授業をサボって屋上で授業が終わるのを待ってたりとか、保健室に通ったりとか、そんなことをしてクラスにいる時間を無理矢理減らそうとしてた。
だから、彼女に会ったときあたしは自分のクラスの人間かどうかさえわかんなかったんだ。
彼女はあたしが屋上で授業をサボっているときに突然やって来た。
「こんにちわ。」
あたしはそんな声を笑顔で掛けられてもつまりは彼女のことなど知らないわけだから、彼女のことを一瞬、馬鹿かと思ったわけよ。
「あんた誰?」
彼女はあたしの言葉を聞くと、傷ついたように苦笑いしながら「やっぱり覚えてもらってないか・・・・。」と小さな声でつぶやいた。
「私、原朱美(はら あけみ)。一応、おんなじクラスなんだけど・・・・。」
「ああ。」
名前を聞くと確かに聞き覚えのある名前であたしは適当に返事をする。
あたしがクラスで顔を知っている奴なんて明るくて五月蝿い女とか、餓鬼みたいに騒いでる男とかだけ。あたしが知らないってことは、彼女はあんまり目立たない奴だということが少し長めのスカートと染めたりパーマをかけたりしていない柔らかく流れる髪の毛からも想像がついた。他にも、まつげにマスカラとかつけてるわけでもないし、化粧もしていない。肩よりほんの少し短いくらいのおかっぱで一重ではあるがわりと可愛らしい印象だったのを覚えてる。
そんな少女がいきなり不良と言う噂もあるあたしに声をかけてきたんだから、あたしとしちゃあびっくりよ。だけど、何処か緊張している様子は隠せてなかった。
もしかしたら、学級委員の真面目女とかにクラスに協力するように言えと頼まれ、仕方なくあたしのところに来たのかもしれなかった。あたしは其れをも頭に入れて、彼女の言葉を待つ。
「隣・・・・いい?」
彼女の小さくか細い声にあたしは「別にかまわないけど。」とぶっきらぼうに答えた。彼女は制服のスカートを気にしながら、地べたに腰を下ろす。
「ずっと、一人で此処にいるの?」
彼女のその言葉に、あたしは予想を確信とした。きっと彼女を睨み、あたしは自分なりに低く真面目な声で話す。
「・・・・言っとくけど、あたしそういうの苦手だから。クラスに馴染むように言えって命令されたのかもしれないけど、そういうのはっきり言って迷惑。」
彼女はあたしの言葉に少しうろたえた。あたしは彼女のはっきりしない態度に苛つき、不機嫌な顔で彼女を見る。
「あ、あの・・・・違うの!!そういうんじゃなくて誰かに頼まれたわけでもないの・・・・。」
「じゃあ、何?」
彼女は言おうかいわまいか悩んでいるらしく、ずっと指を胸の辺りでもじもじさせている。
「はっきり言ってよ。あたし、そういうの嫌いだから。」
「・・・・ごめんなさい。あの・・・・その・・・・。」
彼女は無理矢理言葉を吐き出すように大きな声を出した。
「私と、友達になって欲しいの!!!!」
それが、あたしと彼女の始まりの言葉だった。
「・・・・・はあ?」
あたしは呆れた声を出した。彼女はあたしが言ってたことを聞いていた?自分と仲良くしてそのままクラスに馴染ませようとする魂胆らしいが、今時そんなの・・・ねえ?とあたしは彼女の言葉を疑った。
「ああ!わかってる、貴女が誰かと友達になるとか、そういうの嫌いだってことは知ってるの。だから、嘘でもいいの!嘘でもいいから、私と友達になって欲しいの!」
・・・・・?だった。嘘で誰かと友達になる?こいつは頭がおかしいのかと本気で思ったよ。
彼女はあたしが意味がわからないというような顔をしていることに気がついて、緊張して赤くなる顔を下を向くことで隠しながら言った。
「私・・・・、こういう性格だから仲良くない友達に利用されるだけで・・・。だから、友達の振りでもいいから、私と友達になって・・・・。」
そう、彼女は本当に本気で、今にも泣き出してしまいそうだった。無茶苦茶な押し付けでもないし、振りでいいって言ってる。しかも、あたしはこういう奴をほおって置けないと言う短所まである。
しかし、これを断る理由もないが、そのかわりあたしのようなプライドの高い女がたかがクラスの一人の女の言うことをやすやすと聞くのには抵抗があった。だから、あたしは一つの条件を出した。
「クラスで嫌でも二人でグループを作らなきゃいけないとき、あたしと組むって言うんなら、特別あんたを助けてやってもいいわ。」
中学校という義務教育の中ではいろいろなことにおいて誰かと組んで行動しなきゃいけないことがある。そんなとき、あたしはクラスで余った女とすっごく嫌な顔をされながら組むわけだ。「あたしもあんたなんかと組みたかねえよ。」と言いたい気持ちを押さえつけて行動するって言うのはあたしとしては結構疲れる。
彼女はこの条件に笑顔で「うん。」とうなづいた。あたしは「契約成立ね。」と言って、彼女の手をパシッと叩く。
「だけど、あたしはあんたにお世辞を言ったり、遠慮したりは絶対しないから。本当のこといわれて傷つくようだったらあたしについて来ないで。」
彼女は一瞬びくっとしたがなんとか「うん。」とうなづいてみせた。
そんなこんなで、あたしと彼女は契約という形で結ばれたわけよ。
彼女が絡まれてるとき、あたしは「面倒くさい」と言う気持ちを押さえつけながらその話の中から彼女を連れ出す。彼女は一応「友達」という形を保つためになんでもいいからあたしと仲良く話しているように見せる。話題はほとんどどうでもいいことであたしは聞いていないこともあった。
だけど、まあ普通の女の子が望むものじゃないよなあ、とは思ってたけど。
嘘の友情関係とかってさ。普通は「親友がいなくて・・・」とか、「仲のいい友達がいない」とかで悩むもんじゃない。彼女はそんなこと、全く気にしてないみたいだった。ただ、「あたしと一緒にいることで利用されることはなくなった」とただ其れだけを喜んでた。
でも、あたしは彼女の決めたことに口出しできる権利など持ってはいないし、そうしたいとも思わなかった。それはわかってるけど、なんとなく、・・・勿論場つなぎでそのことを聞いてみたことがあった。
「あんたはこの関係で満足してるの?」
そしたら彼女は本当に嬉しそうなえがおで微笑んだ。
「だって、貴女は素敵な人だって、私分かるもの。心を隠さないから私、心の闇に怯える必要もないし。」
褒められていると言ううれしさはなかった。お世辞のようにも聞こえたから。
・・・思えばその時、気付けばよかったんだよな。あたしは彼女の言葉の意味が理解できずに首を傾げることしかできなかったんだ。
そんな関係が・・・・何ヶ月続いたんだっけ?
三,四ヶ月だったかな?いや、もうちょっと長いか。
彼女があたしに声をかけたのはとにかく夏休み前で、今は十一月だからとりあえず四ヶ月は経過しているんだな。実感はないけど。
そんなある日、彼女は突然夜にうちに来た。
そのときになれば、「嘘の友情関係」もあながち嘘ではなくなっていた。たまに、・・・ほんっとうにたまにだけど、二人で買い物に行ったりもした。
今となっては分かることだけど、あたしは「こんな関係面倒くさい」と思いながらも何処かで彼女と一緒にいることを楽しんでいたと思う。
彼女は優しかったし、いろいろなことによく気がついた。頭もそれなりによかったからあたしのどん底の成績も少しはよくなった。ま、こんな性格じゃ使われるのも当たり前だけど、其れは長所でもあるとそのときのあたしは思っていた。
だから、彼女があたしの家を知っていることにはさして驚きもしなかった。驚いたのは真面目な彼女がこの時間帯にうちに来たこと。
「どうかした?」
あたしは青い顔をし、真っ白なワンピースを着た彼女に尋ねた。彼女は無理に笑みを浮かべて「ちょっと、会いたくなって。」といった。どこぞの恋人同士の様な台詞にあたしは苦笑いを噛み締める。
「何もないけどあがっていけば。」
あたしはとりあえず、この時間帯ってこともあるし、彼女を家の中に招き入れた。片付いてはいるけど可愛さのかけらもない家の中に友達(?)を招き入れるのは初めてだった。
「まあ、適当に座ってて。コーヒーでいいでしょ?」
彼女はこくりと頷き、あたしは彼女をリビングに置いたままキッチンへと入っていった。彼女に話し掛けようとは思わなかった。彼女は青い顔をしたまま下を向いている。
あたしは個人の領域に誰かが進入してくることを拒んだし、あたしも其れをしようとは思わなかった。だから、二人で話すときもあたしはめっぽう聞き役だったのだ。自分から何かをしようとは思わなかった。
静かな部屋の中でお湯を沸かす小さな蒸気の音だけが響いていたと思う。彼女はリビングのすぐ隣にあるキッチンに顔を出したりはしなかったし、あたしもお湯が沸くのだけを椅子に座って待ち続けてた。彼女がその時何をしていたのか、あたしの場所からは見えなかった。
きっと、其れも一つの原因。
やっと沸いたお湯をインスタントコーヒーを突っ込んだカップに注ぎ、あたしは彼女にコーヒーを持っていく。いや、持っていくはずだった。
「なに・・・・・やってんの・・・・?」
あたしは砂糖とミルクの数を聞こうと思って、そう、それだけのためにあたしはリビングに顔を出した・・・。決して、彼女が何をやっていたかを知ろうと思ったわけではなかった。
それなのに、あたしは声も出せなかった。
彼女は手に何かを握っていて、其れが何かは視力の低いあたしにはわからなかったけど、白かったはずの彼女の服はある意味、綺麗なくらい真っ赤になっていて、その美しさにあたしの心臓はどくんどくんと大きな音を立てていた。
室内はさっきまで沸かしていたポットの音も止み、とても静かであたしはどうしたらいいのか分からなかった。
彼女の握っていた何かが音をたてて床に落ちた。
その音にあたしは我に帰った。
「あんた・・・なにやってんの!!!!????」
あたしの言葉に彼女は反応しなかった。白くて綺麗な顔が青白さを増してゆく。彼女の座っていたソファーも少しずつ赤く染まっていってる。あたしは彼女に近づき彼女の方を強く揺らした。左手の動脈が綺麗にすぱっと深く切れていて、そこから大量の血が流れ出している。あたしは彼女の左手をぎゅっと抑え、止血しようとした。彼女の体の冷たさがあたしの手を伝わってきた。
「なんか言いなさいよ!!なんか言ってよ!ねえ!!!」
彼女はあたしが何度揺さぶっても目を覚まさなかった。このあたしの目に少しずつ涙がたまっていって目の前が歪んで見える。血も止まる気配はなかった。
もう、完全に彼女の心臓は停止していた。
あたしは其れを確かめ、その場にへたっと座り込んだ。あたしは目の前で人が死んでいるという事実にひれ伏すだけだった。救急車を呼ぶ気もしなかった。
あたしの焦点の合わない瞳に薄いピンク色の封筒が写った。あたしはすぐに其れを乱暴に開け、中の手紙を取り出した。
『ごめんなさい。
私には其れしか言えないです。
私のわがままに巻き込んでしまって本当にごめんなさい。
許して欲しいとは思いません。
私はあなたに危害が及ぶのは嫌だから、この方法を選びました。
私は誰にも傷ついて欲しくないから誰も傷つかない方法を今まで選んできたつもりでした。
だけど、私は人を傷つけた。
この口がとてもきつい言葉を吐いてしまった。
最後に貴女に私を見て欲しかったの。』
あたしの手は赤く染まっていて、便箋に血の跡が残る。にじむペンの跡と、ふにゃふにゃになった紙。
あたしはもう、すべてを理解していた。
彼女を利用していた連中。そいつらがきっと、あたしのいないときに彼女を傷つけていたのだろう。そのことをあたしに言わなかったのは、彼女がいつでも笑っていたのは、あたしにこれ以上迷惑をかけたくなかったから。
「・・・・ふっざけんじゃないわよ!!!!!」
あたしにはわかっていた。
彼女が生意気なあたしと手を切れと言われていたこと。きっと、脅されたのだろう。それでも、彼女は其れを拒んだ。そして、彼女はあいつらにはじめて反抗した。
「優しすぎんのよ!あんたは!!無視すればいいじゃない!あんな奴ら、再起不能になるまでぶちのめしちゃえばいいじゃない!!何で変な罪悪感を背負うのよ!あたしのことなんか見捨てたってよかった!優しくないあたしだって、まだこうやって生きてる・・・・・生きてる!!!!!」
あたしは動かない彼女に向けて叫んでいた。あたしの大声がなくなって、たった一人の実感が湧いてきて、あたしはじっと唇を噛み締めていた。
あたしもあたしだ。どうして気付いてあげられなかったのだろう。どうして・・・・。
気付こうと思えば、いつだって救ってあげられたのに・・・。
『あたしだけで十分だわ。』
あたしは彼女の手紙を炎をつけて燃やした。
そして、床に落ちていた彼女のナイフを手にした。
・・・これで、あたしの話は終わり。
馬鹿な女だったでしょう?そんな簡単に自殺するなんてね。
嘲笑われるだけの女よ。
無駄に優しすぎたのよ。今時そんなふうに生きていけるわけないじゃない。
優しさなんて馬鹿らしい。
優しくないほうが生きていけるわ。
「何を考えているんだ?」
「あら、刑事さん、おはよ。」
椅子に座らされていたあたしの前に一人の男が座った。
名前は知らない。聞いたかもしれないけど忘れた。
「まだ何かあるの?全部話したはずだけど。」
「・・・動機が不十分だといわれてな。」
あたしはくすくすと笑った。
「異常ってこと?一般の人には受け入れてもらえない?そうねえ。それも面白いわ。」
あたしの今の顔がどれだけ醜く歪んでいるか、あたしは知らない。
「もう一度言うわ。あたし、ずっと人を殺してみたかったのよ。そしたらあの女、のこのことあたしなんかについてきて。あいつ、簡単にだまされるんだもん。
楽しかったわ・・・。めった刺しにしてさあ。あいつ、途中まで苦痛に顔をゆがめたりもだえたりしてたのに、最後に全部諦めてさあ。もういいよ、なんて言うから、一思いに殺しちゃった。」
だけどあたしは 本当は優しいことが短所だとは思いたくない。
彼女を自殺した情けないやつだとは思いたくなかった。
今生きてる奴らに、そう思わせたくなかった。
さて、結局誰が一番馬鹿なのか。
その答えをあたしは知らない。
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