THREE BLOSSOM

<ETERNAL>

「お待ちしておりました」

 わたくしはそう言って、目の前にいる貴方に深々と礼をしました。貴方は今日もピシッとしたスーツに身を包み、髪の毛も丁寧に整えております。面長な輪郭にきりりとした瞳、そして高い鼻が貴方の秀麗さを物語っています。

「綺麗ですね」

 貴方はわたくしの後ろにある木を眺め、そうポツリと呟きました。わたくしは振り向いて、自分の後ろに立ち誇る桜の木を正面から見つめました。風が吹けばさらさらと揺れ、その木は自然にこの場所に存在しております。美しい桃色の花びらがわたくしの脇をふわりと飛んでゆきました。

 どうやら貴方もこの木の虜になってしまわれたのですね。その動きから、その美しさから目が離せなくなっているようです。

「この花は、枯れないのですよ。年中、花を咲かせ続けるのです」

 貴方はわたくしの言葉に木から瞳をずらさずに「聞いています」と返事をしました。「だから此処に参ったのです」

 わたくしは貴方に説明する必要はないと解釈いたしました。貴方はその色に吸い込まれるように一歩、また一歩と桜の木へ足を進めて行きます。

 貴方は恋人を思うようにその幹に触れました。頬を寄せ、瞳を閉じた貴方は実に温顔で御座いました。そして、桜の木の傍にあいた穴へと自分からゆっくりと落ちていきました。

 わたくしは貴方の落ちたその穴をしばらく見つめていました。穴の中にいる貴方は本当に穏やかな顔で横たわっています。



 実に、幸せそうに。



 そうしてわたくしは貴方のいる穴に土をかぶせていきます。少しずつ、貴方が土に隠れて見えなくなります。桜の花が嬉しそうにゆらゆらと花びらを揺らしました。


 
 この桜の木は人間の血を吸って生きています。心を、その肉体を、その夢を、その思いを跡形もなく吸収し、その花を咲かせます。しばらくしてあの場所を掘り返せば、綺麗なまでの白骨が出来上がります。わたくしはその骨を回収し、墓を作ります。


 一本の桜の木の周りには今日も人間の墓が広がっていきます。しかし、誰もが皆幸せそうな顔で亡くなっていきました。風が吹き、花びらが墓の下へと舞い落ちるだけで、彼らは幸せでしょう。


 ですから、わたくしは今日もこの桜の木のそばで、待ち続けるのです。




 貴方を。









<DAWN>

 貴方は本日四月三日。桜の木の前に私を呼び出した。

 その場所はお花見スポットではなく、私が勤めている会社のすぐ近くにある小さな公園だ。その端に堂々と立って、毎年満開の桜の花を咲かせる。

 貴方はきっと覚えていて私を此処に呼び出したのだろう。私と貴方は去年の四月三日、この場所で出会った。

 最初は、一言二言と話す関係、それが一緒に出かけるようになり、恋人という関係になった。でも多分、それも今日で終わりだろう。

 だって、今は別れの季節。この間、友達が「恋人と別れるなら春がいいらしいよ。出会いの季節だから前向きになれるもん」と言っていたのを思い出した。彼女はその数日後、付き合っていた男性と別れたらしい。しかし、少しも落ち込んだ様子はない。

 貴方は最近どこかよそよそしかった。しかし、きっとそういうことなのだろう。他に好きな人が出来たのだ。だから昨日待ち合わせの電話がかかってきた時も、私はただ「わかった」と告げた。

 覚悟なら出来ている。私は、笑顔で別れよう。「一年間の思い出、本当にありがとう」とそう笑顔で言ってあげよう。大好きな貴方が、幸せになれるように願いを込めて。


 私は出会った日のことを思い出した。確かあの日は、仕事が始まったばかりで私は不安だらけだった。そして偶然この場所にたどり着いた。その時貴方に会ったのだ。私はまだ覚えている。満開の桜の木と、公園の街灯。薄暗くなったその場所に、貴方は立っていた。それが凄く、嬉しかったのだ、私にとっては。それが見ず知らずの人であっても、辛い時に私を一人にさせなかった貴方の存在が。

 午前十時。遂に約束の時間。貴方は今日も遅れてくるようだ。秒針が回り、十時一分を刺す直前になって貴方は公園に走りこんできた。

「おまたせ」

 貴方は、今日も笑顔。それでこそ私の大好きな貴方だ。ラフなジーンズに重ね着したシャツ、綺麗な丸いの瞳、茶色く染めた少しくせっけの髪、ぶら下げたチェーンも貴方に良く似合う。

 それでも私の目の前に立つとやはり緊張するのか、貴方は少しだけ俯いて口をもごもごと動かし始めた。私は笑顔で「大丈夫だよ。覚悟できてるから」と言う。貴方は驚いたように目を丸くし、決心したのか、一息ついた。


「俺と結婚してください」


 その言葉に私の思考回路は一瞬停止する。私の口から驚きの言葉が漏れた。

「え、えー!?」

「何その反応!? 覚悟できてるって言ったじゃん!」

「だ、だって! 別れ話を切り出されるのかと思った!」

「何で! 何の理由があって!」

「だってよそよそしかったもん、最近! 絶対他に好きな人が出来たと思ったんだもん!」

 なんだか解らないけれど、私の瞳からぽろぽろ涙がこぼれてきた。嬉しいのか、悲しいのか、怒ってるのか、自分の感情が理解できない。

 貴方は「信用されてねぇなぁ」と言ってポケットから小さな箱を取り出した。そして私の手をとり、それを握らせる。ゆっくりと箱を開けるとそこから出てきたのは飾り気のない指輪――。

「もしかして、これの所為……?」

 貴方は否定も肯定もしなかった。ただ、頬を赤らめて苦笑い。


 暖かい日差しの中、桜舞い散る場所。一年前と同じ光景。だけど、今日は出会いではなく、始まり。


 私は返事の代わりに彼にぎゅっと抱きついて、その薄い唇に、熱いキスをした。




<REFRAIN>

 昔々あるところに小さな村がありました。そこには昔から大きな桜の木が立っています。その木は小さな丘の上で毎年綺麗な花を咲かせました。

 いつしか桜の木は、この村の守り神になりました。いいことがあったとき、村の人はこの木の前に行くようになりました。桜の木はたくさんの人が訪れてくれてとても幸せでした。

 桜の木には少しだけ、力がありました。例えば月に何日かだけ、人々が望むように天気を変えたり、小さな願いを叶えたりすることです。だからこの村は小さくても作物も取れ、とても幸せでした。何より、村人の笑顔が絶えないことを桜の木はとても喜んでいました。



 そんなとき、働き者の小さな女の子が病気で倒れました。とても重い病で、村中の医者もお手上げでした。

 桜の木もその少女のことを知っていました。少女は晴れている日は毎日、桜の木の元に訪れていました。笑顔がとても可愛らしく、働き者で、村の人々に愛されていました。

 多くの村人が桜の木の元を訪れ、少女の回復を願いました。村人も、桜の木も少女の病を悲しみました。



 そうして桜の木は決意しました。自分の命を捨て、少女を助けようと。自分の命を、少女に捧げようと。

 しかし桜の木は知っていました。自分がいなくなれば、村人が悲しむということを。桜の木は誰も悲しませたくはありませんでした。


 だから、人々の記憶から、自分のことを消しました。





 昔々あるところに、小さな村がありました。病にかかった少女は奇跡的に回復し、村人たちにはまた笑顔が戻りました。

 村の、ある一画に小高い丘がありました。そこには一本の木も生えておらず、実に淋しい場所でした。季節が過ぎ、また春が訪れた頃に村人の一人がこう言いました。



「あの丘に桜の木を植えよう」



 桜の木はすくすくと大きくなっていき、毎年綺麗な花びらを散らせました。



 そうして今日も、誰にも語られることなく、歴史は繰り返されているそうです。
                               <END>




あとがき
お読みいただけて光栄です。矢羽霧霞と申します。
桜を題材にしたSSが書きたくて、
チェリーブロッサムならぬスリーブロッサムを書き上げました。
ということで、ホラーと甘甘と童話(?)お楽しみいただけたでしょうか。
個人的には書いててとても楽しかったのでもうなんでも良いです。(ヲイ)
実にあたしらしい小説が書けたと思います。
感想などいただけると泣いて喜びます。
ではでは。

矢羽霧霞(やばねきりか)

     

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ヒトコト