●● 桜が咲いたら ●●
「白夜ぁ……、先輩……が……」
3ヶ月と少し前、突然かかってきた恵那ちゃんからの電話は今も私の心に残っています。
私は井上白夜といいます。「白夜」という名前の通りなのかそうでないのか、私の髪は毛先まで真っ白いです。多分これは、色素が足りなかったとか、科学的に証明できるものではないのだと思います。
私には幼いときから幽霊が見えました。
最初は幽霊と生きている人間の違いがわからなくて、周りの人が気づいたら「人間」、気づかなかったら「幽霊」というわけ方をしていました。私は母から離れられず、しきりに、「この人、見える?」と尋ねていました。
父も母も私を大切に思ってくれていたようだけれど2人は2年前に他界してしまいました。私を一人置いて。
最初は生きていくつもりも、生きていける自信もなかったけれど、親戚全員に嫌われていた私を従兄弟の皐月兄さんが支えてくれたから、今も私は生きています。
12月のはじめ。外を見れば初雪がちらついていて、少しずつジングルベルが聞こえるようになったころ、私のお友達の恵那ちゃんから電話がかかってきました。
私宛にかかってくる電話というものはたかが知れています。皐月兄さんか、私の学校をどこかで仕入れた塾や家庭教師の方か、そして唯一無二の私のお友達、恵那ちゃんか、です。
その中で必要なのは皐月兄さんか恵那ちゃんからの電話だけなので、皐月兄さんは「携帯にしたらどうだ?」と言ってくれますが、これ以上お金をかけるのはよくないのでやめています。
だから、恵那ちゃんから電話がかかってきても、最初は誰だかわかりませんでした。
電話の向こうから聞こえてくるのは誰かがすすり泣く、声。
一瞬、その3つに当てはまらない「誰か」からかと思いました。体を、肉体を持っていない「誰か」……。
「誰?」
私は尋ねました。受話器の向こうから細く、小さな声が聞こえてきました。
「あたし。恵那」
私は驚きました。恵那ちゃんが泣くことなどめったにありません。……私が見たことないだけなのかもしれないけれど、恵那ちゃんは泣いたりしない人です。
誇り高くて、やさしくて、幸せそうに笑っているのが私の中の恵那ちゃんだったから。
「恵那ちゃん……? どうしたの……?」
私は掛ける声の一つ一つに注意しながら恵那ちゃんに問いました。
恵那ちゃんの嗚咽が少し大きくなった気がしました。
「白夜ぁ……、先輩……が……」
「先輩?」
「由香里、先輩が……亡くなったって……電話…電話が……」
由香里先輩。聞き覚えがありました。
その方は、恵那ちゃんが所属している陸上部の先輩で、恵那ちゃんの自慢の「先輩」。
姿は見たことがないけれど、恵那ちゃんが何度も笑顔でその先輩のことを話してくれました。
私はなんて言葉をかけたらいいか、わかりませんでした。大事な人がいなくなってしまうことの悲しさや辛さは私も知っています。私はあの時確かに、周りの人にかけて欲しかった言葉があったと思います。だけど、今この場で、恵那ちゃんの声を聞いて、そういうものがすべて吹き飛んでしまいました。
「私、今から行った方がいい?」
私はかける言葉が見つからず、行動に出ようとしました。
「いい。……泣き顔、見られたくない」
恵那ちゃんは私の言葉を拒否して、泣き続けています。
何もできないことが、大事な人に何もしてあげられないことが悔しくて、情けなくて、切なくて、私は唇をかみ締めました。
「何も、しなくていいから、そこにいて。もう少しだけ、そこにいて」
「……うん」
恵那ちゃんはしばらく泣き続けていました。少ししたら「ごめんね、ありがとう」とそう言って電話を切ってしまいました。
次の日、恵那ちゃんはいつもと変わらない笑顔を私に向けてくれました。
先輩のことは、なんとか忘れようとしているみたいです。
大事な人のこと、忘れてしまうのはとてもつらく、勿体無いことだと思うけど、それが恵那ちゃんの決めたことなら私は信じることにしました。
あの日から数ヶ月たっても結局何も変わりませんでした。変わったことといえば、恵那ちゃんが先輩の話を一切しなくなったことくらいです。
大好きな人のことを笑顔で話してくれる恵那ちゃんを私は羨ましく思っていたから、それが聞けなくなってすごく寂しかったです。
それが転換を始めたのは3月1日のことです。中等部卒業式の5日前でした。
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