ある森の中に双子の姉弟が住んでいました。
姉の名前はユエル、弟の名前はアミル。
アミルは幼いときから声を発することが出来ませんでした。
それでも家族はとても仲良く暮らしていました。しかし、両親が流行り病で亡くなってしまい、二人は働かなくてはならなくなりました。
声を発することが出来ないアミルとは対照的に、ユエルは話すことがとても好きでした。
街に行けばたくさんの友達が居り、友達と一緒に有名な童謡を覚えてきては、何度も繰り返し、アミルに聞かせました。
アミルはユエルの歌が大好きでした。メロディーに乗せる一言一言に心がこもっているようで、聞いているだけで幸せな気持ちになれました。
だからアミルはユエルのために歌を作りました。幾千もの言葉を重ね、幼いころに買ってもらったハーモニカで曲をつけました。
ユエルは喜んでその歌を覚え、街に出てその歌を唄うことにしました。
「歌姫ユエル」の名前はすぐに街中に広がり、少しずつお金がもらえるようになりました。
二人はとても喜びました。アミルは自分の歌が気に入ってもらえたことに。ユエルは自分の歌声が認めてもらえたことに。
そして、二人はお互いに『パートナー』であることに感謝しました。
アミルは、昼間は森に狩りに出て、弓で獲物を射たり、食べられる植物を調達しましたが、終わればすぐに家に飛んで帰り、歌を作りました。狩りをしている間も言葉が頭の中を幾度も通り過ぎていきます。何を書こうとしたのか忘れないようにその言葉を何度も頭の中で反芻させました。アミルはどんどん歌作りに夢中になっていきました。
声を発することが出来ないアミルにはユエルしかいませんでした。以前一度だけユエルと一緒に街に言った事がありますが、アミルは内気で、ずっとユエルの後ろに隠れて一緒に遊ぶことも出来ませんでした。その日からアミルは街に出ることを拒否し、家族だけに心を許していました。しかし、歌を作ることでユエル以外の多くの人々にも喜ばれていることが何よりも嬉しかったのです。街の人々の心の中に届くのは歌だけだからこそ、アミルは生き生きと生活していけるのでした。
二人は幸せでした。アミルは歌を作り、ユエルはそれを人々に届ける、どちらがかけても成り立たない、そして二人でいるからこそ幸せでした。
しかし、時が経つにつれて少しずつ二人の関係も変わっていきました。
成長したユエルは、街の人間との結婚を決めました。成長したユエルはとても美しくなりました。そして、歌と、唯一の肉親である弟との生活、そして、新たな幸せを手に入れたいと思うようになったのです。
ユエルはアミルにそのことを伝えました。アミルは純粋にユエルの結婚を喜びました。
ユエルは一緒に街に来るように伝えました。一緒に街に住み、今度は一緒に街で歌を作り、一緒に歌っていこう、と。しかし、アミルは首を横に振りました。
ユエルは結婚すれば当然、色々な仕事が増えるとわかっていました。今のように森と街とを往復する時間は限られるでしょう。それに、ユエルはまだアミルと共に歌を作っていきたかったのです。
何度、それをアミルに訴えても、アミルは頑なに首を横に振り続けました。
アミルのあまりの強情さにユエルは怒って、ある日、荷物を片付けて家を出て行ってしまいました。
独りぼっちになったアミルはそれでも歌を作り続けました。
狩りにでても歌のことばかりを考えてしまい、ぼうっとしてしまうことが多くなりました。そのため、採れる獲物は日に日に少なくなっていきました。
風のそよぐ音を聞くと、よくユエルのことを思い出しました。
アミルはこの家に住み、ユエルの為だけに歌を作るのが生きがいでした。自分にはもう、それしかないこともわかっていました。思い出のこの家を離れるのはやはり嫌で、それに街に出たところで暮らしていけるとは思えませんでした。
ユエルの為の曲はどんどん積み重なっていきます。
しかし、作るだけで歌われない歌に何の意味があるのでしょう?
寂しさが胸を焦がし、後悔が何度もアミルを襲いました。アミルはその思いすら、すべて歌にして封じ込めました。
ついには外に出ることもやめて、歌を作り続けました。
伝えたくてたまらない思いをアミルはすべて歌にしました。
ユエルが戻ってきてくれることを夢みてハーモニカを奏でました。
寂しさに譜面が涙で滲みました。
それでもアミルは歌を作り続けました。
そうすることでしか、もう、此処にはいられないから。
ユエルが再びアミルのもとを訪れようと思ったときには、もう、遅すぎるくらいに多くの時間が流れていました。
それでも、ユエルはアミルの唄が恋しくて仕方がなかったのです。
しかし、家に着いたユエルはあまりの様子にしばし呆然としました。
家の外壁にはたくさんのつたがはっており、以前二人で野菜を育てていた筈の畑には雑草しか見当たりません。
人が住んでいる家とは、到底思えませんでした。
ユエルは急いでドアをあけようとしました。しかし、扉が歪んでしまっているのかドアは重く、少し開いた隙間からひどい異臭がしました。やっと開いた
ドアから風が吹き込んで、一枚の紙が足元に飛んできました。ユエルは口元を手で押さえながらその紙を拾いました。
それはアミルの楽譜でした。『親愛なるユエルへ』文字が少し滲んでいます。
ユエルは部屋の中心を見やりました。倒れている『それ』はぱっと見ただけでも生きていないとわかりました。腐敗が始まっており、たくさんの紙に包まれて、床に倒れています。
ユエルは一枚一枚その紙を拾っていきました。たくさんの歌詞、たくさんのメロディ、アミルの心がすべて歌の中に込められていました。
歌詞と音符、一文字一文字にアミルの存在があります。ユエルは大粒の涙を零しました。
アミルの作った歌は信じられないほどにたくさんありました。ユエルのいなかった時間に作られたとは思えないほどに引き出しを開ければたくさんの楽譜が飛び出してきます。
どの楽譜にも左上に『親愛なるユエルへ』という文字がありました。
ユエルはぎゅっと楽譜の束を抱きしめました。涙があとからあとから流れてきて泣き止むことはありませんでした。
自分の「パートナー」がこんなにも自分を思っていてくれたことを知りもせずに、後悔しました。
「ごめんなさい」と何度呟いても、どうしようもありませんでした。ユエルは拾い上げた一枚一枚の楽譜を眺めていきました。ところどころ涙の滲んだあとや虫に食われたような穴があいています。譜面を目で追えば、メロディーが頭の中に入り込んできました。とても、悲しく、優しいメロディーです。それを全て持って、ユエルは立ち上がりました。
ユエルは家をそのままにして、街に帰りました。自分の家についたユエルはすぐに楽譜を手に取り、歌を覚えました。
アミルが歌を作り、ユエルがそれを人々に届ける、二人はそうやって生きてきました。
だからユエルは唄いました。一人でも多くの人にアミルが残してくれたこのたくさんの歌を届けていこう、と。
アミルが死ぬまで歌を作り続けたのなら自分も死ぬまで歌を唄い続けようと。
何故ならユエルはアミルのパートナーなのですから。
〜END〜
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