「貴方はどうして生きてるの?」
最近ここいらで出てくる殺人鬼はそんなことを聞いてくるらしい。
LIVE AND KILL
最近この街には、殺人鬼が住みついているらしい。
一週間に一人くらいの感覚で順々に殺されていく。
その殺し方がまたグロイらしくて、死体はいつもバラバラにされている。
そして、その死体に心臓は、ない。綺麗に抉り取られている。
消えた心臓は一体、何処をうろついているのか。
生き残った友達から、聞いたことがある。
『姿は見えなかったけど、ただ一言聞いてきた。
「貴方はどうして生きてるの?」と。
その威圧感に押されて、腰を抜かしていた。しかし、なんとか適当に理由を答えたら、そいつは去っていった』と。
変な殺人鬼である。
無差別殺人のように見えて、そうじゃない。
何か理由があるようにも見えるが、何もないようにも見える。
生きている理由を答えられたら、助けてくれる変な殺人鬼。
変な殺人鬼。
俺は学校が休みの日曜日、適当に街をうろついていた。(こう見えても俺は一応大学生だ)
ニュースや友達の殺人鬼の話は聞いていたが、所詮は人の話。
俺と同じ考えの人も結構多いらしく、街はいつも通りの賑わいを見せていた。
俺の好きなシルバーアクセの店が今日はセールだったらしく、いくつかのチョーカーを買い込んだ。
あとは適当に食料を買おうと思ったそのとき。
俺は妙な視線にこの身を貫かれた。
すぐに後ろを振り向くと、やはりその視線は俺に向けられていたものらしい。
一人の少女が俺の目を見ながら目を細めて笑っていた。
年は10才くらいだろう。雨も降っていないのに、黒くすその長いレインコートを着ていて、亜麻色の、ただ伸ばしているというような髪が肩にかかっていた。
彼女の瞳はひどく印象的で、俺はその瞳から目が離せなかった。
人々は、立ち止まりあからさまに不思議な少女にもこわばった顔をして立ちすくんでいる俺にも目を止める者はいなかった。わざと気にしていないようにも、気にしていない振りをしているようにも見えた。
少女は突然すっと後ろ向きに走り去った。俺は何故か追いかけなければならないような衝動に駆られ、少女を追いかける。
年の差はある。俺だって運動が苦手ってわけじゃない。高校時代はバスケをしていた。
それなのに、彼女との幅を縮めることが出来なかった。しかし、開きもしない。彼女は俺との距離をとりつつ走っているらしい。
俺のペースが落ちてきても彼女との距離は開かなかった。なめられているようで少し悔しい。
人々を掻き分けて走っているはずなのに、視線は感じなかった。俺の傍を通り過ぎる風だけが俺の火照った体を冷やしていく。小さな視線など感じないほどの大きな視線に囚われていたからかもしれない。
いつのまにか、俺は人通りの少ない裏道にきていた。
彼女が足を止めた。
「こんにちわ」
彼女はそう言いながら振り向いて、レインコートのフードを取った。
振り向いた彼女の顔に疲れはなかった。汗の色も感じられない。
ただ、浮かぶのは笑み。
俺は未知の生物をを追いかけてきてしまったことに気付き、少し後悔した。
少女の微笑みに俺は恐怖を隠せなかった。
彼女が一体なんなのかは分からない。唯一つ分かることは此処からすぐにでも逃げなければいけないこと。
そう、逃げなければ。殺される。きっと。俺の中の何かがそう叫んでいるようだった。
何年も前に見た、小説の話に似ているのかもしれない。人間ではない何か。殺されていく登場人物。
………殺される………?
「お前……、もしかして………」
俺の声が聞こえたのだろう、彼女はもう一度にやりと笑った。
すべてを見透かしているような瞳が凛と光った気がした。
彼女は、俺に一言だけ言った。
「貴方は、どうして生きてるの?」
こんな子供が殺人鬼?という疑問はわいてこなかった。彼女の人間離れした力はもうすでに分かっている。
逃げたい。そう思う心に嘘はないのに、「逃げられはしない」と一瞬でも思ってしまったばかりに俺の足はこれ以上動きそうになかった。
さっき走ったことと目の前にいる少女に殺されそうになっていることで俺は心も体も限界を感じていた。
彼女は俺の答えを待っている。わかっている。答えなければ殺されること。しかし、理由など思い浮かばなかった。
彼女に嘘をつけそうにもなかった。
本当のこと……。俺は猛スピードで波打つ心臓の動きを止めようとした。
ほんの少しだが、喋れるくらいには落ち着いてきた。これなら……。
「知らない」
俺のあっけない一言に彼女は驚きの表情を隠せないようだった。
「あはっ、あはははは!!」
彼女は突然、その穏やかな容姿からは想像もできないほど豪快に笑い出した。彼女の笑い声に俺も少し落ち着き、顔に笑いなんか浮かべてみたりした。
「知ってるんでしょう?わたしのこと。わたしの質問に答えられなかったら死ぬってこと」
俺は彼女の瞳を見つめながら「ああ」と言った。
「だったら、どうして必死に生きる理由を探したりしないの? 殺されるのを分かっているのに、そんなに落ち着いているの?」
「落ち着いてなんかいないさ。心臓はバクバクだし、怖くて怖くてたまらない」
何故だかは分からないが、俺の顔に浮かぶ笑いが消えなかった。もう笑うしかないと思っているのか、それともそんな自分を嘲笑っているのか。
「俺はどうせ死ぬんだろう? だったら、お前の生きる理由を教えてくれないか?」
「…いいわよ。冥土の土産って奴ね。それに、貴方、わたしが出会った中で一番かっこいいし。…もちろん、顔じゃないわよ。潔い態度っていうの? そういうのが」
その口調がその容姿に似合わず少し笑えた。
いつのまにか、彼女に対する恐怖が消えていた。
「わたしは化け物なのよ。人の命を糧として生きる化け物。Are you O.K?」
その言葉からは想像が出来ないほど、彼女の声は落ち着いていて、面白がっているようにも思えた。
「この世界には本当は、化け物があふれているのよ。貴方たち普通に暮らしている人間の目にうつらないのは、影でわたしたち化け物を殺す組織が動いているから。妖怪が御伽噺でしかなくなったのはそういう理由ね」
彼女の口調が少しずつぶっきらぼうになっていった。
「でもさ、わたしたちだって生きてんのよ? 感情も、容姿も、夢も貴方達と変わらない。違うのは食べ物だけだけど、人間だって、動物の肉食べたりしてるじゃない。可笑しいでしょ、やっぱり。どうしてあわたしたちだけ…裁かれなきゃいけないの……?」
彼女の声が湿っていた。悔しさが俺にも伝わってきた。
「人の命を喰らって、でもやっぱりわたしは良心を捨て切れなくて生きる理由を尋ねることにした。いいことじゃないってことは分かってる。でも、生きる理由がないならって、そうやって故事付けの理由を探して、生きてきたの。組織はわたしを探してる。いつ殺されるかわかんないけど、それでもわたしは……」
無理に大人ぶった彼女の顔が見る見ると崩れていく。彼女は力を持っているだけで、普通の少女となんら変わりなかった。強がって、自分を押さえつけているだけのとても弱く、悲しげな少女。
泣き顔を見られるのが嫌なのか、少女はその場にへたりと座り込んで下を向きながら手で顔を覆った。
「……生きて……いたい……。死にたく……ない……」
少女の口から小さく漏れる声が俺に罪を感じさせた。俺たちも、彼女も、生きることに関する執着は変わらない。理由もないのに、何故だか極端に死を恐れる。彼女はもう、今にも崩れてしまいそうなくらいぼろぼろだった。
「殺せよ」
俺は彼女に向かって低い声でつぶやいた。小さく震えていた彼女の動きが止まった。
「俺を殺せばいい」
「どうして…?」
彼女は泣きぬれた顔で俺を見上げている。
「優先順位ってのがあるだろ? 俺は20代。お前は10代」
「死んでも、いいの?」
「殺されてもいいと思う。お前が俺の代わりに生きるなら」
「……かっこいいこと言うね。ヒーローみたい」
彼女は涙をぬぐい、立ち上がって少し笑った。
「本当にいいの?」
「別に、かまわないさ」
何故だかは分からないが、俺は死ぬ覚悟が出来ていた。
特有の強いものに憧れる性格かもしれない。病気などで死ぬよりは強い奴に殺されたいという意思か。
「ごめんね」
「何で謝るんだよ」
「なんとなく」
怖くない。まったく。
思い残したこともない。
生きていたって意味がない。
だけど、俺が死んでも何も変わらないから仕方なく生きていたけどそれも終わり。
俺が死んで、こいつが生きる。
食物連鎖。弱肉強食。
なんて素敵なlive and kill。
「名前、教えて。気が向いたら覚えててあげる」
「……PN.弱肉強食崇拝者」
「……OK。じゃあ、最後に言い残すことは?」
「…がんばれよ、化け物」
俺は最後に皮肉っぽく笑った。
「それはどうも、『出来損ない』さん」
生きることをやめた出来損ないの男は、ゆっくりと瞳を閉じた。
しかし、彼女の手が俺の体を貫くことはなかった。
「え……?」
生ぬるい感触が俺の皮膚を伝わって来た。
目を開けると真っ赤な血が俺の服を汚していた。
其れは自分の血ではないことに、足元に転がる其れを見てから気がついた。
「な、なんで……」
「危なかったわね」
冷たい、女性の声が響いた。
凛とした髪の長い女性が俺の目の前に立っていた。
彼女の肩にかかっているのが黒い鞄ではなく、大型のライフルだということに気付くのには時間がかかった。
さっきの、少女の話を思い出した。
「組織に追われている」
じゃあ、つまり……こいつが……。
「大丈夫? 怪我はない? うかつに化け物に近づくもんじゃないわ。まあ、あなたが引き止めておいてくれたおかげでこれを見つけることが出来たんだけど」
女性は少女のことを「コレ」と呼んだ。完璧、物扱い。
にくしみか、哀れみか、悲しみか、怒りか、よく分からない感情で俺は女性を見つめていた。女性が俺の視線に気付き、呆れたように言った。
「報酬? まあ、確かに貴方のおかげだけど…わたしが来なければ死んでいたんだからそれでチャラでしょう? それに、礼儀がなってないわ。助けてもらって何も言わ」
「なんで!?」
俺は女性の言葉を遮って言った。
「どうして殺したんだ!?」
理由などわかりきっているのに。そう聞かなきゃならないような気がして、俺は言った。
「……どうしてって…化け物が、この都市にやってきて、たくさんの人を殺した。それじゃあいけない?」
そう。その通り。
でも、俺は殺されたかった。
殺されたかったのに。
女性は首を傾げながら変な目で俺を見ていた。しかし、気を取り直したように言う。
「それじゃあね」
そう言って女性は軽々と少女の体を持ち上げた。赤く染まった少女の体は普通の人間となんらかわりはしないのに、一体何がいけないのだろう?
「あの」
最後に一つだけ聞こうと思った。『貴女の生きる理由』
しかし、上手く言葉にならずにやめた。
「お仕事頑張ってください」
女性は微笑んで去っていった。
女性がいなくなってからもしばらく俺はそこでじっとしていた。
突然、何故か笑えて来た。
「ったっく。この服でどうやって帰れって言うんだよ」
血まみれの服。
化け物の、血。
もちろん、これは俺のエゴだが、もう少しだけ生きて化け物の彼女のことを覚えていてやろうと思った。
俺たち生きている人間よりも強く生きることを望んだ化け物のことを。
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