永遠
この時が、もしも永遠なら。
貴方とはなれるときが来なければ、あたしは幸せなままでいられるのに。
神護景雲四年、称徳女帝は晩年に期していた。その手を道鏡は握り続けている。
「ねぇ」
称徳女帝は握ったその手に力を込めた。
「死にたくない」
「はい」
称徳女帝は目を閉じる。分かっていた、自分がもう、助からない事など。
「初めて会った時の事、覚えてる?」
「はい」
忘れるはずがない。十年前のこの頃に、孝謙太上天皇(当時の称徳天皇)が病に倒れた際に抜擢されたのが道鏡であった。その後、彼女の傍で十年間政治を行なってきたのだ。
「あたしあの時、病気にかかって、そのときは本当に死んでしまうんだろうなって思った。でも僧の貴方が呼ばれて、あたしの病気を治してくれた。ねぇ、あたしにとって貴方がどんなに大きく見えたか分かる?」
道鏡は何も言わなかった。もし、彼女が全てそれが目的で近づいたと知ったらどう思うだろう。彼女の側近となり、政治を操る――それが目的だったとしたら。
「貴方が好き」
彼女は呟いた。女帝は天皇になった以後、結婚する事は許されない。
だから、その言葉を伝える事は彼女にとって禁忌であった。だから無理矢理にでも傍に置いた。位を与えて、政治をさせて、それは全て傍にいたかったから。
「ねえ、あのときみたいに、あたしを治して」
道鏡は黙って首を横に振った。出来るなら彼もそうしたかった。十年間、彼女を見続けてきた。小さなことで怒り、不器用で、それでも彼女は常に一途であった。位が欲しかったとは言え、彼女の隣にいるのは決して苦痛ではなかった。
「あたし、次の天皇は貴方じゃなきゃいや。知らない遠い親戚にも、得体の知れない藤原の人間にもこの帝位はあげたくない」
称徳女帝の声は、死の寸前だと言うのにはっきりとしていた。そして、その決意は曲がらない。
道鏡は微笑む。自分にはこうすることしか出来なかったのだ。
「何処に行けば、貴方と永遠に一緒にいられるのかしら。永遠の命を手に入れられるのかしら」
道鏡は首を横に振った。永遠の命は手に入らない。それを彼は知っている。
「死にたく、ない」
彼女は道鏡の瞳を見つめ、言葉を繰り返す。
「死にたくない。貴方と一緒にいたい。あたしは死ぬわけにはいかない。貴方を帝位につけるまであたしは死ぬわけにはいかない。死にたくない、死にたくない、死にたくない………」
称徳女帝は何度もその言葉を繰り返し、そして、眠りについた。
彼女が死んだのはその日の夜であった。その瞬間も、道鏡はその手を握っていた。
彼は覚えている。彼女の呼吸が止まったその瞬間を。
彼は覚えている。動き続けていた彼女の脈が止まったその瞬間を。
彼は覚えている。暖めていたはずの彼女の手が冷たさでいっぱいになったあの瞬間を。
彼は聞いた。 全てが崩れていく音を。 聞こえた、気がした。
【終】
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